価値判断の基準#

社会厚生関数#

次に、市場均衡の望ましさについて、一般均衡の枠組みで分析を行う.単一財市場の分析においては社会的総余剰を用いたが,これが必ずしも定義できるとは限らない.したがって,どんなときにでも使えそうな価値判断の基準があるかどうかと言うところを見ていこう.

経済学で市場のパフォーマンスを測るためによく用いられるものが社会厚生関数である. 社会の構成員(消費者や生産者)が全部で\(N\)人いるとしよう.構成員\(i\)が得ている効用を\(u_{i}\)とする.社会厚生関数とは社会の構成員が得た効用を足したり掛けたりすることで集計して社会的な評価値を算出する関数のことである1.社会厚生関数の値は社会厚生と呼ばれる. よく使われる社会厚生関数には次のものがある.

  1. 功利主義型社会厚生関数

    \[W(u_{1},\dots,u_{N})=u_{1}+u_{2}+\cdots+u_{N}\]
    • この社会厚生関数では効用の合計値を社会厚生としている.一見平等に見えるが、例えば\(N\)番目の人だけ効用が1億で他のすべての人の効用が0でも合計値としてそれを上回るものがなければ社会としてそれで良いとする.

  2. ウェイト付き功利主義型社会厚生関数

    \[W(u_{1},\dots,u_{N})=w_{1}u_{1}+w_{2}u_{2}+\cdots+w_{N}u_{N}\]
    • 1の社会厚生関数では誰の効用も等しくカウントしていたが、各人の効用を差別的に取り扱うこともある.ウェイト付きの社会厚生関数はその一例である.例えば\(w_{1}\)が他の人に比べて高ければ構成員1はその社会厚生関数の下では重視されているということになる.極端な形としては\(w_{1}=1\), \(w_{2}=w_{3}=\cdots=w_{N}=0\)も許される.これは構成員1による独裁制ということになる.

  3. マキシミン型社会厚生関数

    \[W(u_{1},\dots,u_{N})=\min\{u_{1},u_{2},\cdots,u_{N}\}\]
    • この社会厚生関数の下では効用の最も低い人が重視される.効用の最も低い人の効用が改善されなければ、他の人の効用がどれだけ増えようが、社会としてよくなったとは言えないということである.これはある意味極端な平等性を課している.

  4. ナッシュ型社会厚生関数

    \[W(u_{1},\dots,u_{N})=u_{1}\times u_{2}\times \cdots\times u_{N}\]
    • 功利主義型とマキシミン型の中間にあるのがナッシュ型の社会厚生関数である.掛け算の形なので,誰かが0だと0になる.かといってマキシミン型のように効用の最も低い人の効用が改善されなかったとしても全体として決して改善しないと言うことはない.

具体的に例で見てみよう.例えば,社会にアダム,イヴ,ノアの三人がいるとする.社会の選択肢(例えば経済政策など)は\(x,y,z,w,v\)の5つで,彼らがそれぞれその選択肢から得られる効用が次のようになっていたとする.

\(x\)

\(y\)

\(z\)

\(w\)

\(v\)

アダム

1

3

3

4

5

イヴ

0

3

8

2

4

ノア

12

3

1

4

2

このときのそれぞれの選択肢に対する社会厚生の値は次のとおりである

\(x\)

\(y\)

\(z\)

\(w\)

\(v\)

功利主義型

13

9

12

10

11

マキシミン型

0

3

1

2

2

ナッシュ型

0

27

24

32

40

このように採用する基準によって「社会厚生」の意味でどれが良いのか,と言う答えは違ってくる.功利主義型では\(x\)であるし,マキシミン型では\(y\),そしてナッシュ型では\(v\)となる. どの社会厚生関数を選ぶべきかというのは哲学的な問題になる.また、社会厚生関数への批判として、効用水準などは実際に測定することは難しいし、効用の個人間比較など不可能であるというものもある2

パレート効率性#

前節で学んだ社会厚生関数にはどの基準を選ぶべきかという重大な問題がある.それではすべての人々が納得する望ましさの基準は存在するのだろうか? ひとつの可能性としてはパレート効率性という概念である.ある配分や政策\(x\)がパレート効率的であるとは、次の条件を満たすような可能な別の配分や政策\(z\)が存在しないことを言う.

  • すべての\(i=1,\dots,N\)について\(u_{i}(z)\ge u_{i}(x)\)

  • ある一人の\(j\)について\(u_{j}(z)> u_{j}(x)\).

もしこのような政策\(z\)が存在すれば、全員が\(x\)から\(z\)への変更に賛成することになり3\(x\)では無駄が存在すると言うことになる.\(x\)がパレート効率的であれば\(x\)から政策や配分を変更したときにもし誰かの効用が改善するのであれば、他の別の誰かの効用が犠牲になることを意味する.経済学でいう効率性はたいていはパレート効率性のことを言っている.

具体的に例を見てみよう.社会に政策が\(x,y,z,w,v\)の五種類しかないとする.このとき,以下の政策のうち,パレート効率的な選択肢はどれだろうか.

\(x\)

\(y\)

\(z\)

\(w\)

\(v\)

アダム

1

3

3

4

5

イヴ

0

3

8

2

4

ノア

12

3

1

4

2

答えは,全ての選択肢がパレート効率的である.例えば,\(x\)を考える.これを\(y\)に変更するときはノアが反対する.効用が12から3に下がるからである.他の選択肢に変更するときも同様である.したがって,\(x\)から全員一致で,変えても良いと言う選択肢がないので,\(x\)はパレート効率的である.

ここで選択肢\(u\)が増えて以下のようになったとしよう.

\(x\)

\(y\)

\(z\)

\(w\)

\(v\)

\(u\)

アダム

1

3

3

4

5

3

イヴ

0

3

8

2

4

2

ノア

12

3

1

4

2

12

このとき,\(x\)はパレート効率的ではなくなる.なぜなら,\(u\)に変えるときにはアダムとイヴは効用が増えるので強く賛成し,ノアは変わらないので反対しない.したがって,全員一致で「変えても良い」と思い,なおかつ強く賛成する人が一人はいるのである.よって,\(x\)はパレート効率的ではない.


1

このタイプの社会厚生関数はバーグマン・サミュエルソン型と呼ばれるものである.

2

お金に換算して考えるという手もあるが,それができるためには更なる前提条件を重ねなければならない.例えば,あらゆる人の効用が\(u(x,m)=v(x)+m\)と書けると言うものである.ここで,\(x\)は社会的な選択肢で,\(m\)はその人が受け取るお金である.このような効用関数を準線形と呼ぶ.

3

このようなとき,\(x\)から\(z\)への変更は パレート改善 であると言う.