所得効果と代替効果#
需要の分析で役に立つのは所得や価格が変化したら個々の財の需要がどのように変化するかを調べることができることである.
所得による影響#
まず所得が変化すると需要がどう変化するかを考えよう.これを図で見てみる.Fig. 26では所得の上昇(予算線が右上に行く)によって最適な消費プランが\(w\)から\(w'\)に変化し,財\(x\)も財\(y\)も消費量が増加している. このように所得が増えると需要が増える財を正常財(または上級財)と呼ぶ.
Fig. 26 正常財#
Fig. 27 下級財#
一方で、Fig. 27では所得の増加に伴って、最適な消費プランが\(w\)から\(w'\)に変化し,財\(y\)の消費量は増加しているが、財\(x\)の消費量は減少している. この場合の財\(x\)のように所得が増えると需要が減る財を下級財(または劣等財)と呼ぶ.
ただし,下級財は「常に下級財」ではないことに注意しなければいけない.例えば所得\(0\)なら消費量はどの財もゼロだが,そこから所得が増えればどんな財であろうと消費量は減りようがない.同じ理屈で正常財も常に正常財とも限らない.ただし,常に正常財となることはありうる.例えば効用関数が\(U(q_x,q_y)=(q_x)^{1/2}(q_y)^{1/2}\)であればそうなる.
価格比を変えずに,所得の変化によって変化する最適な消費プランをつないだ曲線を所得消費曲線と呼ぶ.Fig. 28の赤い線がそれである.
Fig. 28 所得消費曲線#
また個々の財の最適消費量が所得の増加にしたがってどのように変化するかをプロットした曲線をエンゲル曲線と呼ぶ.
需要の所得による変動がどれほどのものかを示す基準として、需要の所得弾力性と呼ばれるものがある.大雑把に言えば所得が1%上昇したとき,需要量が\(e\)%上昇していれば需要の所得弾力性は\(e\)だ,ということである.
数式を使って細かく見てみると次の通りである. 所得が\(I_{\text{前}}\)から\(I_{\text{後}}\)に変化したとき、財\( x\)の需要の所得弾力性は次のように定義される.
あるいは式変形しただけであるが、
これは需要の変化率\(\dfrac{ d _x(p _x,p _y,I_{\text{後}})-d _x(p _x,p _y,I_{\text{前}})} {d _x(p _x,p _y,I_{\text{前}})}\)を所得の変化率\(\dfrac{I_{\text{後}}-I_{\text{前}}}{I_{\text{前}}}\)で割ったものである. 所得の変動\(I_{\text{後}}-I_{\text{前}}\)が限りなく小さいときには所得弾力性は微分の定義を用いて次のように書くこともできる.
正常財ではこの値はプラスとなり、下級財ではマイナスとなる 正常財をさらに分類する場合がある. 所得弾力性が\( 0\)から\( 1\)の間の財を必需財と呼ぶ. このような財は所得の増加によって財の消費量は増えるが、その増える割合は所得の伸びを下回る.つまり支出に占めるその財の割合が減って行くような財のことなのである.電気・水道や住宅費など生活に必要な費用は所得が増加したとしてもあまり増えたりはしないだろうし、所得が減ったとしても大きく減らすことのできるものでもない.所得が増えた分は他への支出に使うようになることが多いであろう.したがってそういった財を必需財と呼ぶのである.
逆に所得弾力性が\( 1\)より大きい財は贅沢財あるいは奢侈財と呼ぶ.所得の伸び以上に消費の伸びが増えていくのである.
ちなみに所得弾力性の平均値は\(1\)でなくてはならないことに注意する.簡単に言えば,所得が1%上昇したということは予算制約の右辺が1%上昇したということだ.ということは消費量は\(p_x q_x+p_yq_y=I\)を満たしているので,左辺の消費量もちょうど1%上昇しなければならない.つまり\(x\)の上昇率と\(y\)の上昇率の平均は1%でなければならない.
所得弾力性の平均値は\(1\)になるということから,「財\(x\)と\(y\)の両方が贅沢財になることはない」,「財\(x\)と\(y\)の両方が下級財になることはない」などということがわかる.もしそうなら,所得弾力性の平均値は1にならないからである.これは両方贅沢財なら所得弾力性の平均値は1を超え,両方下級財なら所得弾力性の平均値はマイナスになってしまうことから確かめられる.
最後に所得弾力性の平均値は\(1\)であることを示してみよう.ただし,以下の式変形は多少複雑なので細かいところに興味がない読者は飛ばしても良い.
例えば\(I\)から\(I'\)に所得が変化した結果,消費プランが\((x,y)\)から\((x',y')\)に変化したとしよう.すると,
である.この式の両辺を引いて\(I\)で割ると次のような式を得る
この式をさらに変形すれば
となる.\(\frac{p_x x}{I}+\frac{p_yy}{I}=1\)であることから,所得弾力性の平均値は\(1\)になる.
価格による影響#
次に価格の変化による需要の変化を見てみよう. 一般性を失うことなく財\( x\)の価格が上昇したとしてみよう. するとFig. 29にあるように予算線の傾きが急になる(赤い線から青い線に移動している).財\(x\)の価格が増加しているので所得をすべて財\(x\)につかったときに買える財\(x\)の量が減少していると考えれば良い.
さて、Fig. 29では財\(x\)価格の上昇により、財\( x\)の需要は減るが財\( y\)の需要は増えている.これは図中の点AからBへの変化である.こういったとき, 財\( y\)は財\( x\)の (粗)代替財 であるという.高くなった財\(x\)の代わりに財\(y\)の消費量を増やしているのである.財\(x\)と\(y\)がお互いに代替的(どちらを消費してもあまり大差がない)であればこういったことが起きやすい.
Fig. 29 (粗)代替財#
Fig. 30 (粗)補完財#
一方でFig. 30では財\(x\)の価格増加に従い財\( x\)の需要も財\( y\)の需要も減っている.こういったとき, 財\( y\)は財\( x\)の (粗)補完財 であるという.財\(x\)と財\(y\)が補完的、つまり両方の財を一定の比率で購入しなければ満足できないような関係であるとき、こういったことが起きやすい.
Fig. 29およびFig. 30では財\(x\)価格の増加に従い財\(x\)の需要は減少していた.つまり価格と需要は右下がりの関係にあるということである.この関係は需要法則とよばれる.ただしこの関係は常に成り立つとは言えない.
Fig. 31では財\( x\)の需要が価格の増加にもかかわらず増えている.このとき 財\( x\)はギッフェン財 であるという.どうしてこのようなことが起きるのであろうか.これを知るためには価格による影響を二つの要素に分解して考える必要がある.それが次に説明するスルツキー分解という方法である.
Fig. 31 ギッフェン財#
価格変化の効果を分解する(スルツキー分解)#
ある財の価格が変化するとき、その需要量の変化は次の2つの効果に分解できる.
ある財の価格が、他の財の価格に比べて変化するとき、消費者は相対的に安くなった財の購入量を増やし、相対的に高くなった財の購入量を減らしたいと考える.これを代替効果と呼ぶ.
価格変化は消費者が同じ所得で購入できる財の量を変化させる.ある財の価格が上昇すればその分,実質的に使えるお金の量は減り、その分を他の財の購入も減らさなければならなくなるかもしれない. こうした変化を所得効果と呼ぶ.
どんな需要量の変化も代替効果と所得効果に分解できる.これについてFig. 32を見てみよう.価格変化前の消費プランがAであり、価格変化後の消費プランがBである.まずは左の方の図を見てみよう.
Fig. 32 スルツキー分解#
まず財\(x\)価格の上昇より実質的な所得の減少で効用水準が下がっていることに着目する.実際,Bを通る無差別曲線がAを通る無差別曲線より内側にある. こうすると需要量の変化は「実質的に貧しくなってしまったこと」(所得減少)の効果を拾ってしまう.今まで買えていたものが買えなくなったからだ. 一方で「価格比が変わったので代わりに他の財を消費したい」という動機も需要変化に現れるはずである.この二つの効果は本来別物なのに,価格の変化だけを考えるとこれらがごっちゃになってしまう.そのために価格変化の影響をこれらふたつに分解する方法を考える.
右図では,「変化後の価格比で変化後の効用水準を達成する(最低限) 所得」で予算線(緑色の線)を描く.この予算線は点Cを通る直線である.図で言えば\(I'\)の値である.変化後の効用水準を達成しているということは変化後の無差別曲線とC点が接していることで確かめられる. Cを通る予算線とAを通る予算線では価格比は同じで所得水準だけが異なる.つまり,「所得はそのままで財\(x\)の価格が増加したということ」と「財xの価格はそのままで,所得が実質\(I'-I\)だけ減少したこと」は効用の値としては同じだということである.つまり「実質的に貧しくなってしまった効果」を打ち消すために\(I'-I\)の差額だけお金を補填しているのである.この\(I'-I\)の部分は補償所得と呼ばれる. そうすることで,価格が変わった後でも効用水準を元のままにでき,「貧しくなってしまったこと」を無かったことにできる.
AからCへの変化を代替効果と呼ぶ.つまり,「貧しくなってしまったこと」の効果が打ち消されたとき,価格の比率の変化による純粋な効果を表しているのである.この変化の効果によると,価格が上昇した財(財\(x\))はこの変化により必ず消費量が減少する(少なくとも増加しない).価格が上昇しなかった方の財(財\(y\))の消費量が増えていれば財\(x\)と\(y\)は代替財,減っていれば補完財と呼ばれる.この場合は「粗」という文字がつかない純粋な代替効果である.財が二種類しかない場合には必ず代替財になる.
CからBへの変化を所得効果と呼ぶ.つまり所得の補填が「やっぱり無しで!」となったことによってどれだけ購入量が変化したかをみるのである.
このように,価格の影響によるAからBへの変化を「代替効果であるAからCへの変化」と「所得効果であるCからBへの変化」の二つに分解する方法をスルツキー分解という.
ギッフェン財は下級財で、所得減少による需要の増加である所得効果が代替効果による減少を上回ることで発生する1. つまり,下級財であることの影響がかなり大きい財である.
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現実にギッフェン財は存在するかと言われると、非常に珍しいが存在する.これについて日本の焼酎はギッフェン財だという研究がある.(Shmuel Baruch and Yakar Kannai, 2001, “Inferior Goods, Giffen Goods, and Shochu”, Economic Essays, pp. 9–17)また、動物実験を用いてラットにとってキニーネ入りの飼料(キニーネはトニックウォーターの原料、非常に苦い)がギッフェン財であることを示した研究もある(Thomas Hastjarjo, Alan Silberberg, and Steven R Hursh, 1990, “Quinine pellets as an inferior good and a Giffen good in rats,” Journal of the Experimental Analysis of Behavior). 近年では中国のある地方での米の消費もギッフェン財であるという研究もある(Jensen and Miller, 2008, “Giffen Behavior and Subsistence Consumption”, American Economic Review).