市場均衡分析の応用#

本節では市場均衡を用いた分析を紹介する.

需要曲線・供給曲線のシフト#

はじめに紹介するのは,経済環境が変わったときに,市場均衡における価格や取引量がどのように変化するのか,である. ある財の需要量や供給量は,その財の価格以外の要因によって変化することがある.例えば,消費者の面からすると,所得が増加する,製品の改良によってもっと消費したくなる,逆に不祥事等によってその財を使うことの嫌悪感がでてきてしまう,などがある.生産者の方も同様にものを作るための材料費が高騰する,技術革新によって安く作れるようになる,などである.

こういった場合,需要曲線や供給曲線そのものが変化する.需要曲線は「価格」と「需要量」の関係を示すものであり,それ以外の要因はグラフには出てこない.したがって,価格以外の要因によって需要量が変化するのであれば,需要曲線そのものが変化するのである.例えば,ある財が人気が出て,需要量が増えたとしてみよう.このとき,同じ価格だったとしても需要量はそれまでと比べ,増えているに違いない.その場合,需要曲線はFig. 11のように右にシフトする.

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Fig. 11 需要曲線のシフト#

上の図を見ればわかる通り,需要曲線が\(D^{\text{前}}\)から\(D^{\text{後}}\)に変化すると,同じ価格\(p\)のときの需要量は\(q^\text{前}\)から\(q^\text{後}\)に変換する.この図であれば,どの価格でもそうなっていることを確かめてみよう.

さて,このとき,市場均衡における価格はどうなるだろうか.これは図を見ればわかる. Fig. 12にあるように,取引量は\({q^*}^\text{前}\)から\({q^*}^\text{後}\)に,価格は\({p^*}^\text{前}\)から\({p^*}^\text{後}\)に両方とも上昇することになる.

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Fig. 12 需要曲線のシフトと市場均衡の変化#

このように図に描くことで,需要曲線の変化が市場均衡にどのように影響を与えるかを理解することができる.需要曲線が左にシフトする場合や,供給曲線が左や右にシフトする場合も同様に考えることができるので,実際に図を描いて確かめてみよう.

需要法則の検証#

需要曲線や供給曲線のシフトのアイデアは需要曲線が右下がりであるかどうか(あるいは供給曲線が右上がりであるかどうか)を検証することができる.

例えば次のような状況を考えてみよう.

1月15日に鳥インフルエンザにより大量の鶏の殺処分が行われ,3月15日には鶏の餌代の価格が上昇したというニュースがあった.鶏卵の価格と取引量は次のようになっていたという.

  • 1月1日: 価格100, 取引量140

  • 3月1日: 価格120, 取引量100

  • 5月1日: 価格200, 取引量80

ニュースの内容から,生産者にとっての費用上昇,つまり,供給曲線の左シフト(価格が同じでも供給したくなくなる)が起きたと考えられる.そして,価格が増加する一方で取引量が減少している.

さて,これを用いて,需要曲線が右下がりであるはずだと言うことが導かれることを示そう.需要曲線と供給曲線のありうるパターンは次のFig. 13のとおりであろう.

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Fig. 13 需要曲線と供給曲線のパターン#

ここで,供給曲線の左シフトが起きたとすれば,それぞれのパターンにおいて取引量と価格は次のFig. 14のようになる(新しい供給曲線を\(S'\)で示している).

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Fig. 14 供給曲線の左シフト後の需要曲線と供給曲線のパターン#

このうち,価格が上昇し,取引量が減少するパターンは(a)と(f)のみであり,いずれにおいても需要曲線は右下がりとなる.つまり,右上がりであるような需要曲線は実際の現象から否定されることになるのである.なお,(f)も許容されるので,供給曲線が右下がりであることは否定できないことに注意である.

豊作貧乏#

次に曲線のシフトが消費者や生産者に与える影響について考えてみよう.ここでは供給曲線のシフトについて考える. 供給曲線の右シフトは生産費用の低下などによって引き起こされる.これは一見,生産者にとって常に良いように見える.しかしながら,価格の影響を考えるとそうは限らない.今,次の図のような供給曲線を考えてみよう.

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この図の供給曲線は青線で表されている,折れ線である. これは\(Q\)という点まで生産費用が\(0\)で,それ以上の量を生産しようとすると生産費用が無限大になるような費用関数を考えればこのような供給曲線になる.つまり,どんな価格でも\(Q\)までしか作れないようなものである.このときの企業の利潤がどうなるかというと,\(P\times Q\)になる.なぜなら,\(Q\)だけ作る分には生産費用が一切かからないからであり,また,\(Q\)個以上の財を作ることができないからである.したがって,図中の斜線部の面積が企業の利潤,生産者余剰となる.

このような供給曲線が例えば右シフトするとどうなるだろうか?このとき,実は生産者余剰が減ることがある.次の図を見てみよう.

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この図では供給曲線が\(S\)から\(S'\)にシフトしている.これはタダで作れる量が\(Q\)から\(Q'\)に増えたわけなので,お得に見えるかもしれない.しかしこの量を愚直に供給してしまえば市場にたくさん財が溢れることになるので,市場価格は低下する.図で言えば\(P\)から\(P'\)に低下する.すると,生産者余剰が増えるか減るかはわからなくなる.実際上の図では生産者余剰が斜線部の面積から紫の長方形の面積に変化している.この場合の面積は明らかに減っている.

このように供給曲線の右シフトが価格の低下を引き起こし,結果的に生産者余剰が減少してしまうようなケースを豊作貧乏と呼ぶ.

一点だけ注意だが,豊作貧乏は常に起こるわけではない.作れる量が増えると生産者余剰が増えるケースももちろんある.むしろそれが普通である.価格の低下が大きくなりすぎると逆の生産者余剰が減ってしまうようなケースも起こってしまうということがここで言いたいことである.

このようなときには現実では出荷調整が行われる.つまり,作れすぎた財を破棄するようなことである.実際の映像が下記のニュースにある. https://www.youtube.com/watch?v=HMIVlvWZg5o&t=105s

これは勿体無いと思うかもしれないが,価格を維持するためには(生産者にとっては)重要なことである.この点は市場の失敗の章で解説する独占の話と共通点がある.

価格規制#

最後に,価格を規制したらどうなるか,を考える. これは単純な話だが,価格が規制される分,ベストではない価格に落ち着く.例えば,次の図を見てみよう.

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本来の市場均衡価格は需要曲線と供給曲線の交差する\(P\)である.しかし価格規制があると,それは実現できないかもしれない.例えば現実の価格が高すぎると\(\bar P\)までしか価格をつけてはいけないという規制があったとしよう.そうすれば,供給側としては,\(Q'\)までしか生産してくれないので,取引量は\(Q'\),価格は\(\bar P\)となる.このときの社会的総余剰は青い領域の面積になり,本来の社会的総余剰よりも減ってしまう.

生産者余剰を無視して,消費者余剰だけを重視するならばその意味では増えて良いという立場もあるかもしれない.しかしそれには慎重にならなくてはいけない.第一に生産者余剰が減ることは企業の利潤が減ることであり,その結果家計の収入が減る可能性もある.それはこの図では表現しきれないことである.第二に,\(Q'\)がものすごく小さくなるのならば,財がとても希少になり消費者余剰も十分に減る可能性がある.以下のような供給曲線がその例になる.

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逆方向の価格規制として,価格が\(\underline{P}\)以上でなければいけない,というものも考えてみる.これは財を「労働の提供」と考えればよくある.いわゆる最低賃金制度である.労働の提供者,つまり供給側が働く人,労働者であり,労働の需要側が企業である.この場合も上のケースと同様に,労働者の余剰,つまり生産者余剰が減るようなケースを作ることができる.ぜひ図示して検証してみましょう.