補償需要関数とスルツキー方程式*#

スルツキー分解のポイントは価格変化後も同じ効用水準を達成する消費プランを用意することである. 同じ効用水準を達成する消費プランはいくらでもあるが、その中で支出、つまり\(p_{x} q_{x}+p_{y}q_{y}\)最小にするものを補償需要あるいはヒックスの需要と呼ぶ.

例えば,効用水準として,憲法25条にある「健康で文化的な最低限度の生活」の効用水準が\(u\)という数字で書けたとしてみよう1.このとき,この効用水準\(u\)に対する補償需要とは,効用の値が\(u\)になるような,最もお金のかからない生活において購入するものと考えれば良い.その購入に必要な費用を生活保護費と考えれば,生活保護下で,「健康で文化的な最低限度の生活」を送れるということになる.

話を補償需要そのものに戻そう.価格組、\(p_{x},p_{y}\)のもとで、効用水準\(u\)を達成するための\(x\)の補償需要を\(h_{x}(p_{x},p_{y},u)\)で書く. これは所得の効果を無視できる.これはそもそも所得が補償需要の話で出てこないからである.

補償需要関数を使って, スルツキー分解を数式で書くと次のようになる.

\[\frac{\partial d_{x}}{\partial p_{x}}= \underbrace{\frac{\partial h_x }{ \partial p_x }}_{\text{代替効果}}-\underbrace{\frac{\partial d_x }{ \partial I} d_{x}}_{\text{所得効果}}\]

ただし補償需要で達成する効用水準は、元々の予算制約のもとで最大になっている効用水準である.この等式はスルツキー方程式と呼ばれる. 所得効果に\(-d_{x}\)がついている理由は次の通り. 財\(x\)の価格を1単位増やすと, 財\(x\)への支出\(p_{x}d_{x}\)\(d_{x}\)だけ増える. その分だけ所得減少となり、所得効果がマイナスに働く.

\(y\)価格の変化に対する財\(x\)への影響も同じようにスルツキー方程式で書くことができる.

\[\frac{\partial d_{x}}{\partial p_{y}}= \underbrace{\frac{\partial h_x }{ \partial p_y }}_{\text{代替効果}}-\underbrace{\frac{\partial d_x }{ \partial I} d_{y}}_{\text{所得効果}}\]

需要の価格弾力性#

価格変化にも弾力性が定義できる. 財\(x\)の財\(x\)価格の価格弾力性とは

\[\frac{\Delta d_{x}(p_{x},p_{y},I)}{ \Delta p_{x}} \frac{p_{x}}{ d_{x}(p_{x},p_{y},I)} \left( \text{微分を使えば}\frac{\partial d_{x}}{ \partial p_{x}} \frac{p_{x}}{d_{x} }\right)\]

である. これは財\(x\)の価格が\(1\%\)増えたとき, 需要は何%減るかを示した値である. なぜ変化量ではなく変化率で測るのかと言うと、変化率なら単位に依存しないからである. 需要の価格弾力性は価格による売上変化を調べる際に役に立つ. 売上金額は \(p_{x} d_{x}(p_{x})\)であるので, \(p_{x}\)で微分すると弾力性の項が出てくるのがわかるだろう.

ここから需要の価格弾力性の絶対値が1より大きいということが値下げをすると売上金額が増えるということを意味する.

需要の価格弾力性をスルツキー方程式を使って分解しよう. \(\frac{\partial d_{x}}{ \partial p_{x}} \frac{p_{x}}{d_{x} }\)にスルツキー方程式を代入すれば、

\[\begin{split}\frac{\partial d_{x}}{ \partial p_{x}} \frac{p_{x}}{d_{x} }&= \frac{\partial h_{x}}{ \partial p_{x}} \frac{p_{x}}{d_{x} }- \frac{\partial d_x }{ \partial I} p_{x}\\ &=\underbrace{\frac{\partial h_{x}}{ \partial p_{x}}\frac{p_{x}}{d_{x} }}_{\text{補償需要の価格弾力性}} - \underbrace{\frac{\partial d_x }{ \partial I} \frac{I}{ d_{x}}}_{\text{需要の所得弾力性}}\times \underbrace{\frac{p_{x}d_{x}}{ I} }_{\text{財$x$の支出割合}}\end{split}\]

この式から、もし財\(x\)の支出割合が極端に低ければ所得効果を無視することができる.


1

かなり無理のある前提であるが,実際にそれが現実的かどうかはここでは議論しないでおく.哲学的・正義論の議論の題材としては面白いと思う.